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東京地方裁判所 平成10年(ワ)21391号 判決 1999年3月26日

主文

一  被告は原告に対し、金三五〇万円及びこれに対する平成一〇年九月二九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

主文同旨(なお付帯請求の起算日である平成一〇年九月二九日は、本件訴状送達の日の翌日である。)

第二  事案の概要

本件は、ある債務者に対し被告が有する租税債権の法定納期限等に先立ち根抵当権設定登記を受けた原告が、物上代位に基づく賃料債権につき差押命令を得て第三債務者にその命令が送達されたところ、その前に同一賃料債権につき被告が滞納処分に基づき差押命令を得て当該賃料の取立・配当を受けており、しかも滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する法律二〇条の三の第二項に基づく執行裁判所の通知が遅れたことにより、約六か月間本来実体法上優先すべき原告に差押えに係る賃料が支払われず、被告に対し支払われたことから、原告が被告に対し、不当利得を理由として、右期間に支払われた賃料の返還を請求した事案である。

一  前提事実(特記した以外は争いがない)

1 原告は、東京都知事へ貸金業の登録をし、不動産担保融資、有価証券担保融資、ゴルフ会員権担保融資を主要業務として行っている株式会社であり、平成八年二月二八日東京地方裁判所民事第八部に会社整理を申し立て(東京地方裁判所平成八年ヒ第一〇〇二号、この申立てについては弁論の全趣旨)、平成八年三月七日佐藤正八弁護士(東京弁護士会所属)が監督員に選任され、同年九月三〇日整理開始命令、平成九年三月一四日商法三八六条一項の規定による整理計画案の実行命令をそれぞれ得て、現在裁判所の監督下で企業再建手続が進められている(実行命令及び企業再建手続の進行については弁論の全趣旨)。

なお、原告は、平成二年一〇月一日、商号を株式会社カネオカから株式会社エクイオンへ変更した。

2 原告は、平成九年九月二五日、平成二年四月一六日設定の根抵当権(債務者兼所有者は訴外角一興業株式会社、前橋地方法務局沼田支局平成二年四月二〇日受付第六四七一号)に基づき、訴外角一興業株式会社(以下「角一興業」という。)の訴外株式会社水上観光ホテル(以下「水上観光」という。)に対する賃料債権(以下「本件賃料債権」という。)について、根抵当権(物上代位)に基づく債権差押命令を取得した(東京地方裁判所平成九年ナ第一二七一号、以下この命令を「本件第二差押」という。)。

右差押命令は、水上観光に対し、平成九年九月二六日送達された。

3 被告沼田財務事務所(以下「被告事務所」という。)は、平成八年三月一一日、角一興業に対する租税(不動産取得税)債権(以下「本件租税債権」という。)に基づき、国税徴収法による滞納処分として、本件賃料債権を差し押さえた(以下この差押を「本件第一差押」という。)。被告事務所の角一興業に対する租税債権の法定納期限等は平成五年六月一五日である。

4 その後、被告事務所は、本件第一差押に基づき、その差押に係る賃料の取立・配当を行ってきたが、その取立・配当は原告の本件第二差押後も継続し、平成一〇年三月一二日まで継続した。

5 滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する法律(以下「滞調法」という。)二〇条の三第二項に基づく執行裁判所の通知(以下「本件通知」という。)は、平成一〇年三月一九日まで行われなかった(右通知が被告事務所に到達したのは、同月二三日である。)。

被告事務所長は、平成一〇年四月一六日、滞納処分により本件第二差押を解除した。

6 本件第二差押が水上観光に送達された平成九年九月二六日以降、本件通知が被告事務所に到達された平成一〇年三月二三日までの間、被告事務所は、本件賃料債権について、平成九年九月三〇日、同年一一月四日、同月二〇日、同年一二月二四日、同月三一日、平成一〇年二月二八日、同年三月一二日、各金五〇万円合計金三五〇万円を取り立て、これを角一興業の不動産取得税の一部として配当した(以下この取立・配当分を「本件請求に係る取立・配当分」という。なお被告事務所が行った本件賃料債権を差し押さえ、これを取り立て、配当した行為を以下「本件滞納処分」という。)を受け、その結果原告は右取立・配当分の損失を被った。

二  争点

1 本件訴えは、本件滞納処分の公定力に反する不適法な訴えか。

2 本件請求に係る取立・配当分の受領につき、被告は法律上の原因を有するか。

三  争点に関する当事者双方の主張の要旨

1 争点1について

(被告)

本件滞納処分は、何ら法律の定めに反するものではなく、少なくともその手続に重大かつ明白な違法はないから、本件滞納処分は依然公定力を有し、その取消を求めずに被告に対し本件不当利得返還請求を求める本件訴えは不適法であり、却下を免れない。

(原告)

原告は、本件滞納処分の瑕疵を争っているものではないから、原告は不当利得の返還を求めるにあたって右処分の取消を求める必要はなく、したがって本件訴えは適当である。

2 争点2について

(原告)

国税徴収法一六条、地方税法一四条の一〇等によれば、本件において原告の根抵当権設定登記が被告の法定納期限等に先立つから、原告の申立てに係る債権差押命令が水上観光に送達された以降は、本件第二差押が被告の本件第一差押に優先する。

このように、本件原告のごとく優先権がありながら配当を受ける機会が全く与えられなかった者が優先権のないにもかかわらず本件賃料債権につき取立・配当を受けた被告に対し、不当利得返還請求権を行使できるのは当然のことである。

(被告)

滞調法の規定の趣旨、国税徴収法の配当手続についての規定等に照らせば、物上代位権者は差押えさえすれば、執行裁判所からの滞納処分権利者に対する通知の有無にかかわらず、当該差押に係る債権について滞納処分手続により取立・配当が終了した後であっても、なお優先配当権を主張できると解釈することは妥当でなく、またこのように解釈すれば大量性・反復性を有する租税権利義務関係の法的安定性を著しく害することになって不当である。

したがって、本件において原告の解釈は相当ではなく、被告が本件請求に係る取立・配当分を受領した行為は法律上の原因に基づくから、不当利得返還請求権は生じない。

なお、本件においては、第三債務者の陳述催告が六か月間程放置され、その結果執行裁判所が本件滞納処分の存在を遅れて知ったものであるが、原告は、その第三債務者からの右催告に対する回答の有無にかかわらず、先行する滞納処分の存在を知らない間は差押債権の取立権を有するから、原告には右の遅延の解消の機会もあったのであり、この点も本件請求にあたって斟酌されるべきである。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

そもそも、行政処分の公定力は、当該行政処分を有効なものとして承認させる効力であって、当該行政処分を適法なものとして承認させる効力ではないから、本件滞納処分に基づき被告が受領した本件請求に係る取立・配当分につき原告が被告に対し行う本件不当利得返還請求は、右滞納処分の公定力に抵触しない。

したがって、右請求を内容とする本件訴えが適法であることは明らかであり、争点1に関する被告の主張は失当である。

二  争点2について

本件滞納処分は、被告が本件第一差押えに基づき、取り立てたものであるが(国税徴収法六七条)、滞調法二〇条の五によれば、滞納処分による差押えがされている債権に対し強制執行が発せられたときは、強制執行による差押えをした債権者は、差押えに係る債権のうち滞納処分による差押えがされている部分については、滞納処分が解除された後でなければ、取立てができない旨規定されている。したがって、本件滞納処分は手続法的には法律上の根拠を有する適法な処分であることはいうまでもないところである。しかしながら、右処分による財貨の移動が実質的・相対的にも許されるか否か、すなわち右財貨の移動が終局的効果を有するかどうかが本件争点の核心であると解される。

そこで、右争点の核心について考えるに、まず、被告による滞納処分としての本件第一差押えがなされた後に私債権者である原告による本件第二差押えがなされた本件事案において、右各差押えに係るいずれの債権が優先すべきかについては、国税徴収法一六条、地方税法一四条の一〇が規定するところであり、前記前提事実2及び3を踏まえて右法条を適用すれば、本件租税債権は本件根抵当権によって担保される債権に優先される劣後的地位しかないことが明らかである。ところが、前記前提事実5及び6によれば、滞調法二〇条の三第二項に基づく本件通知が平成一〇年三月二三日に被告事務所に到達するまでなされなかったことにより、被告が同月一二日まで本件滞納処分による取立を継続し、ようやく同年四月一六日に被告は本件第一差押えを解除したため、本件請求に係る取立・配当分の利得が被告に発生したものである。

ところで、滞納処分手続と強制執行手続の調整を図るため、これらの手続に関する規定の特例を定めた法が滞調法である(同法一条)ところ、同法はその立法趣旨からも明らかなように、これら手続の調整を意図したものにすぎず、手続に係る債権間の実体的優先関係を変更するものではないと解される。滞調法二〇条の三第二項は、執行裁判所が滞納処分を知ったときは、裁判所書記官は、差押命令が発せられた旨を徴収職員等に通知しなければならない旨を規定するが、これは右通知により先行する滞納処分権者に対し差押競合債権の存在を知らしめることにより競合債権相互間の優先権を判断させ、配当の必要があるものについては、執行裁判所への残余金の交付を義務づけ、滞納処分権者が優先する債権の存在のため取立・配当の利益がないと判断した場合には、滞納処分による差押えが解除されることを期待するための手続規定であるところ、その趣旨からも明らかなように、このような場合の私債権者の利益と滞納処分権者の利益の優劣関係は、前記国税徴収法及び地方税法の各規定の適用によりなされるべきことを当然の前提としているのである。

してみれば、本件事案においても、終局的な財貨の帰属の帰趨を決するところのものは、右実体法的規定の適用によるものと解するのが相当であり、これによれば、本件請求に係る取立・配当分については、原告が被告に優先するといわざるを得ないところ、被告は法律上の原因なく右取立・配当分の利得を得ているというほかない。被告は、前記争点2についての被告の主張の要旨欄記載の主張をしているところ、その主張を勘案しても右結論を左右するものではなく、論旨は理由がない。

なお、被告は、本件通知が遅れたことには原告の過責事由もあり、これを本件において斟酌すべき旨主張するところ、この点は一種の信義則の適用による返還義務の範囲減縮の主張であると解せられるが、原告にこのような過責事由を認めるに足りる証拠はないから、失当といわざるを得ない。

第四  結論

以上によれば、原告の本訴請求は理由がある。

(裁判官 堀内 明)

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